プロフィール番外編:My Story
私の恥ずかしい過去も含めて、赤裸々に綴ってみました。もしご興味があれば、どうぞお付き合いください。
そして、全く役に立たない情報です。
タイパとコスパが大好きな方はこのままトップページにお戻りください(笑)

10代……ここが私の原点
キラキラな女子高生時代のはずが、コンパクトな体だった私の歴史を塗り替えて、史上最大に肥えた苦しみを味わいました(笑)
たっぷりと…。17歳にして体脂肪率36%はなかなかのものでした…。
体が重くて膝が痛いのでは?!という経験を、すでにその若さで体験済みです。
その頃から、ダイエットに関連する体の仕組みについて、知識欲が旺盛になったことをよく覚えています。
自分よりもずっと細いモデル体型の子が、わざわざ私を訪ね、他のクラスからやってきてはダイエットの相談をされるという意味の分からない特技ができました。(笑)
そんなコロコロ高校生も、ひとまず猛勉強の末「普通の大学生」になり、イマイチぱっとしない日々を送る訳ですが…。
ひょんなことで出会った「スノーボード」。
とりつかれたが最後…。
とにもかくにも、オールシーズン頭の中はスノーボード一色なのです。
今はなき懐かしきザウス……
私の青春です。
そうして、ザウスと雪山の虜となった「貧ボーダー」女子大生は、キラキラJDも味わうことなく山に籠るかアルバイトするかの4年間。
貴重な新卒ラベルも使わずに、就活を放り出して本気で「無駄なこと」に夢中になった4年間でした。
…ちゃんと就活しなさいよ…。
ちなみに、「本気」で書いた卒業論文(こういう所は真面目)が代表論文に選出される奇跡がありました。
「美人と不美人~本当の魅人とは~」という自作造語を交えたタイトルのこの論文。
いわばコンプレックスを最大の武器にして、論文としてはどうかと思う出来栄えでながら、70枚越えの超大作。
「短編鉄則!!」 の世の中の流れに逆らいまくる私の「語りたい」癖は、既に大学生の頃には固まっていたんですね…💦
ちなみに、代表論文選出者が集められ、論評会のような場では「これは論文としてはふさわしくなく、エッセイである」と他の先生方に失笑されたオチを記憶しています。
・・・・・・・・その場で肩身が狭くなったことは言うまでもなく…

頭痛地獄の始まり
そんなこんなで、ちょろっと動いた「就職活動」。
組織で働くことが向いてないと思いつつも、某社デスクワークの職に就くことに。
当時肩こりで通っていた整体院の術者に何故かスカウトされて「イケイケ体質」の組織の中で働くことになりました。
…根っこがインドアの私には向いていない世界です(笑)
しかし何の才か、セラピストとしてはあっという間に指名顧客を多数抱えて上級セラピストに成り上がり、時は25歳。
望んでない「店舗責任者」(しかも2店舗掛け持ち…)を任されて、23時まで働く日々の中、今まで知らなかった「ストレス頭痛」も発症。
そして、ちょっと話がズレますが、この頃は人生でも、ものすごく不安定な気持ちでいつも過ごしていた記憶があります。
まずもって、とにかく自分に自信がない。
特に外見に対する執拗なコンプレックスがあったことや、自尊心が低いタイプの人間でしたので、精神的にもどうにもならない時期が長く続きましたね……。
摂食障害の辛さも、よく知っています。
現在はとっくに克服しているので、隠すことでもなかろうと、今ではすっかり呑み込んで消化しきっている「過去」でもありますが、忘れることはない「障害」だったと今は客観的に理解しています。
そして・・・・20代にして心身ともに(笑)常に体調がよろしくない「不健康な健康サービス提供者」だった時代。
まだまだ有給はおろか、週休すら危うい業界で生き抜く昭和女子。
(いや、もう世は平成だった…)
それでも、そんな自分の人生設計よりも早く「母親」になる人生がやってきました。
ただ‥…これで良いのだろうか・・・?
その思いは、そう遠くない未来にやってくることになります。

30代 再び学生になる
当然母になることと引き換えに、当時まだ産休・育休などという言葉は業界の辞書にはないゆえに、職を辞することとなります。
「もっと仕事がしたい。」
その思いが子育ての裏側にいつもあって、見切り発車で自宅開業を決め走り出しました。
この頃からヨガの世界と出会って、様々な勉強会や資格を取得するも、迷走し始めます…。
いくら学んでも独学や一時的な勉強会では「足りない自分」を埋めることができず…。
私の職業っていったい何なのだろう…。
そう思っている間に、ドラマティカルなことが様々あって、ついに「国家資格を取る」という道に飛び出す決意をしたわけですが…。既に30代半ば。
子育てと生活に、それなりにお金のかかる当時、準備もできていない私でしたので、当然「ない袖を振る」ことになります…。
とにかく、国の制度や使える制度を探すものの、雇用されていない働き方=「雇用保険」加入をしていない私は、職業専門学校への助成金も受け取ることができず「成績優秀者の学費軽減(一部免除)」という目標を狙うしかない状況でした(必死)
人は何歳からでも本気が出せる!を実践すべく、必死の末に「特待生」をいただき、わずかな免除(苦笑)と学科首席卒という大きな栄誉(当初サロンのお客さんがとても喜んでくださいました。笑)をいただきそれなりの借金と共に3年間走り切りました。
ちなみに…親が勉強する姿を見せれば、子どもも親の背中を見て育つ!
と言いますが、うちの場合は影響力ゼロです…
そんなに「子育て本」のような‟正しい反応”は得られないものです。(笑)
「好きで勉強してるんでしょ!」だそうです…(笑)
ごもっとも。
しかしながら、「医療従事者の母あるある」で、「生物・理科系」は得意なんですねぇ(笑)
この後、受験を控えた子供の勉強を教えるという特技も生まれます。(笑)
また、学生時代にアメフトの世界とも出会い、一人観戦しに行くまでにハマった面白きことが、40歳の私を「トレ―ナー」の世界にいざなう訳なのです。
往復3時間半かけて通った真夏のグラウンドで、20歳の子たちと共に、水をもって走る40歳。
この話はまたいつか…。
白髪とシミを増産したなんて、間違っても気付きたくないのですが(笑)

40代 いよいよ人生本番??
コロナ禍の話はさておき、そんな中で迷った末。再び「新入社員」として臨床を積ませてもらえる治療院に一旦就職しました。とにかく入社すぐから多くの臨床を積ませていただき、濃ゆい日々を送りました。
並行して、休みの日には、母校の附属研修所へ出向き、研修生としてリスクや西洋医学の学びを深めていきました。
大学病院とつながる我が母校の強さを知り、できるならばもっとたくさん学びの場にも身を置きたかったのですが、子供の教育資金を自分のために投資した手前、そういつまでも無給の世界で時間を紡いでいる訳にはいかないのです。「社員」を辞し業務委託として独立することで、次のステージに足を突っ込みました。
本当に忙しく充実した日々を過ごし、鍼灸師って頑張ればちゃんと評価されるということをしっかり感じることのできる実り多き時間でした。患者様に恵まれ、患者様にたくさん育てていただいたと思っています。
その中で、私がずっと思い続けていた(間借りじゃなくて)「自分の店を持つ」それも、自分の温めてきたコンセプトで…という思いに火が付きます。

そして今、現在地点。
正直、自分の人生、現時点では
「こんな将来想像してなかった。」につきます(笑)
上手くいくことばかりではないし(上手くいかないことばかりなのでマヒぎみ。)
立ち止まったり、悩んだり、困ったり、凹んだり…。凹んだり、嫉んだり、凹んだり。(凹みすぎw)
色々なことが日々あります。
苦手な事とも向き合わなければなりません。
でも、手も足も自由に動き、考えることもできる。
走ることもできる。
過去の体に課した大きな代償を今ひしひしと受け止めていながらも、(酷い肝虚と脾虚ゆえの腎虚のスピードを上げ、老化スピードが爆上がりしている‥…涙)今は健康でいられる幸せに感謝しています。
鍼灸という素晴らしい技術を手に入れた今
「あなたにお願いしたい。」
そう思ってもらえる仕事をここでしていきたいと
思っています。
そして、私は考えて考えて考えた結果
「私自身が一番通いたい鍼灸院」
を作りました。
ホームページも完全自前のため、
お見苦しいところや不便なところが多々ありますが
お許しください。
全てのことを、自分の手で表現したい。
その思いから、素人が日々奮闘しながら実際の院と同じように、「分身」としてのWEBサイトも1から自力で立ち上げました。
業者を通さず、一つ一つ手作りなのは、院と同じかもしれないですね。
何か伝わってくれたらいいなと、
心より願いながらこの「無駄な」自己紹介を書き綴っております。
…サイトを眺めた長年の友人からひと言…。
「院長(私)癖ツヨっ!!!」
え!!…。
いや…。ここまで読んでくださったあなたとは、たぶん物凄い気が合うと思います(笑)
…文章が癖ツヨなのはお許しください(笑)
拝 MAKI

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